20年続いたラジオ番組が今日で終了した。
自分はその19年間を聞き続けてきたので、感慨深い物がある。
去年の秋に来春終了が打ち出されてから、何度かブログに書こうかと思いながらも重すぎるその「終了」に二文字に二の足を踏んでいた。
やるmanとの出会いは、仕事を辞めて北海道を放浪した翌年の1月 昭和天皇崩御に揺れる中 始めた運送業のトラックの中で聞いたのが出会いだった1998年1月14日の事だと思う。
昼の1時から3時までの2時間は至福の時として仕事中でも車から降りるのを躊躇する位おもしろい番組だった、その後(残念なことに)4時までに延長され、至福の時間はさらに延びるのだが(^^;
ラジオ番組との別れでここまで思いこみが激しくなったのはこれが2度目である、その初回はというと↑に(残念なことに)と書いたのが伏線になっている、パックインミュージックの金曜日俗に言う「ナッチャコパック」「金パ」である。
1967年から始まった番組なので、当時3才じゃ聞けるはずもなく終了間際の82年の前数年間を聞いただけなのだが、金パが終わると聞いたときのショックは、今回のヤルman終了を聞いたときよりも数倍ショックだった、終わるわけがないと思っていたし、若かったし(^^;
ナッチャコパックはその後カタチを変えて、他局の夜に移り、また文化放送の昼間の3時から5時という時間帯に移り続いていたのだが、その最後をやるmanの時間延長という形で迎えてしまった。
その後野沢那智、白石冬美というコンビのラジオ番組は復活することはなかった。
吉田照美のやる気manmanは、人気が落ちたと言う理由ではなく、なにか、局内の有象無象の意志が変な形で体現されてしまい終了を迎えたようだ、文化放送の看板番組がそれほどの不手際もないまま終わるなんて思ってもいなかったことだからだ、この看板を下ろして、これ以上の聴取率を獲得するなんて、普通はあり得ないかなりの冒険である。
やめていく二人も、その辺の事について、口にしているがリスナーとしては聞いていて楽しい話じゃないのが残念だ。
後を引き継ぐ大竹まことがどこまでやるか? いきなり自分の舞台があるからと、4月からの放送をキャンセルしてしまい、文化放送はてんやわんや 4月一ヶ月は「セイヤング・ネクステージ」と場つなぎながら、結構楽しみなパーソナリティがたくさんでてくるので嬉しいのだが、5月からどうなることやら?

写真は、今は亡き四谷の旧社屋