2008年01月06日

豊川稲荷

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浜松に帰省組を迎えに行ったついでに、となりの豊橋にできた知り合いのラーメン屋を初訪問

その後、商売の神様と有名な豊川稲荷へ
 赤坂の分社はよく言ってましたが、豊川は初めて。

 う~ん、元旦には来たくない位混むんだろうなぁ(^^;

 お札を貰って、帰路につきました。

2007年11月21日

和琴ミーティング 連絡事項

和琴ミーティングのキャンプの件です

 当日、20人規模の団体と金丸山がバッティングしているそうで、幹事の
ノリちゃんが懸念しています。

 もしかして、以前の○○組とかだと嫌なので、もしかしたら場所を
富士川河口に当日変更するかもしれないとの話です。

 立て看板を出すとか、言ってますが(^^; 参加される方で不安な方は
ノリちゃんに場所の確認を行ってください。
 携帯の番号は ハガキに記載されています。

2006年12月10日

マミーズ&やなか珈琲店

谷中のヘビ道でうねうねしてます!


アップルパイで有名なマミーズ
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隣り合った、やなか珈琲店の入れ立て珈琲150円で

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じゃんがららーめんの後の、とぉぉぉぉぉっても幸せなひとときを過ごせました。

2006年11月06日

和琴ミーティング お疲れ様

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子供に占拠された焚き火

参加者のみなさん 静岡の某キャンプ場にお集まり頂きお疲れ様でした。

 始めた頃はみんな20代の若いライダーばかりの集まりだったのに、回数を重ねる事17年

今では、
31人+4匹
大人 男性 14名   子供 男子  2名
    女性  4名       女子  9名

 こんな感じのファミリーキャンプ集団になってしまってます(^^;

キャンプの模様はこちらにアップしてありますので、見れる方だけ見てください(^^;

2006年11月04日

和琴ミーティングとは

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和琴ミーティングしております。

和琴ミーティングとは、北海道の屈斜路湖にある、和琴半島キャンプ場で、夏を過ごしたライダー、チャリダー、旅人が秋になり各々内地に帰ったものの、宴の後の寂しさに負け、また会いたいねって始まったのが1989年の事なので、はや17年を迎える。

参加者は一時50人を超え把握できない時もあったが、ここ10年は二、三十人の固定メンバーで推移していたが、最近は子供が増えて参加者の数も増えてきている(^^;

2006年09月05日

本郷裏道

先日、ママと甘味処を探す道すがら、本郷の細い道を入っていくと
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懐かしい旅館(^^; 鳳明館に出くわした
 ママが、「あぁ懐かしい修学旅行で泊まったよぉここっ」 

昔からの修学旅行のメッカ 本郷赤門前の古い旅館が鳳明館だが、最近は都内でレトロな宿に泊まりたがる外国人の利用者が大半だとか(^^;

 まぁ、時代の流れなのか? ここのそばにあった学生寮もみんなマンションやらに建て変わってますしねぇ 

2006年09月01日

北海道旅行後記4

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北見の町は、なんだかわからない世界になってきていました。

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鮭袋はふつうに売っている、ものらしい(^^;

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ミドリのナルトは、食欲をそそらないと思う。

2006年08月17日

北海道旅行記

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北海道旅行のアルバム「北の国から 2006 夢中」を更新しました。

パスワードに保護されてますが
こちらです。
ユーザー名に yumeri
パスワード欄に うちの苗字を半角小文字のローマ字でお願いします。

2006年08月10日

北海道旅行後記3

お米をうるかしておいて、目を離すと.........
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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こーなります

 もちろん、蚊取り線香も使えません(ToT)

2006年08月08日

北海道旅行後記2

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ちょこれぃとぱふぇ

以前、トマトハウスを紹介した時に、いちこさんが書き込んでいた、網走の「ちょこれいとぱふぇ」偶然、発見してしまいました(^^;)

う~ん、こんな偶然があっていいんだろうか?


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ちなみに、「いちごはいつ」は例の寿司屋さんの裏だったりしますが、網走のこの丘 なんでこんな名前のアパートばかりなんだろうか? 探せばまだまだ出てきそう(^^;)

2006年08月07日

北海道旅行後記

出発前の体重と帰ってからの体重が気になってしょうがなかったけど(^。^;;
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なんとか、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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600gアップで済みました(^^;) 

10の位が変わったりはしてませんよぉ(^^;)

2006年07月04日

久々の北海道

1987年から数年間は毎年のように通っていたのだが、1998年の結婚式ツーリング、99年の和琴ミーティング10周年を最後に北海道旅行はしていない(^^;

2003年にANAミステリーツアーに参加した時に行き先を知らずに羽田空港に集まった時の行き先が北海道登別温泉だったという、ハプニング的な旅行もあるにはあるが、行こうと思って北海道を目指すのは6年ぶりか?

娘が生まれたり、いろいろとドタバタがあったけれど、脳梗塞で倒れた父の介護がなかなか旅行にでれないという足かせになっているのは隠せない事実である。
 そんな折、夏のとりづらい時期にショートステイに1週間預かって貰うことができたのと、嫁さんが溜まりに貯まった有休を産休抱き合わせ(^^; 合わせ技一本のごとく2ヶ月近く前から産休をとることができたのも一役を担っている。

んな、わけで北海道に行ってきます、ショートステイが決まったのが遅くなったので取りたかったフェリーはとれなかったので(T_T)

 7月31日 午前中ショートステイ送り出し 仙台へ向け出発  20:00仙台発
 8月1日 苫小牧上陸後 芦別の叔母さんを訪ね、旭川泊(とほ宿か?)
 8月2日 旭山動物園 見学 以後未定
 8月3日 未定 たぶん 道東へ
 8月4日 未定 たぶん 道東
 8月5日 未定  18:30苫小牧発フェリー
 8月6日 14:00大洗着 東京へ
 8月7日 午前中ショートステイから父帰宅

 さて、どんな旅になるのやら 宿の予約してないしねぇ たぶんしないし(^^;
 また、いつもの行き当たりばっ旅でしょ 

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2005年11月01日

横丁曲がれば 旅

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ちゅーわけで、偉大なる旅人永六輔氏の名文句「横丁曲がれば 旅」をそのまま頂戴してしまい(^^;
路地裏スケッチシリーズ(^^;

いやぁ、ホントに路地を曲がっただけで知らない世界が待ってるもんですね。

場所は茗荷谷駅のすぐ側、3年間通った中学への通学路だったけど、路地には入ったことが無かった(^^;
近々道路拡張で取り壊される一角、噂では再開発で100m級のマンションが建つとか(^^; まぁ、どーなるんだか?

で、この建物の入り口がレトロな味わいを醸してました(^^;

普通の一軒家なのに、入り口が湾曲していて見た目より大きく見えて良い感じ。

昭和初期の遊び心が溢れてます。

2005年10月24日

和琴ミーティング

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今回のキャンプ場は無料だし、インターから近いし、子供の遊具もあり、なかなか快適。

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椅子に座って、ばにらを従え、Kちゃんに遊んで貰ってます。

子連れのキャンプはなかなか大変ですが、コツがつかめてきたので、次回はもっと楽しめそうです。

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帰り際、御殿場高原で、アイスクリームを美味しそうに食べてます。

2005年10月23日

和琴ミーティング3日目

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和琴ミーティングとは、1980年代後半に北海道は屈斜路湖の和琴半島にあるキャンプ場に集まった見ず知らずのライダー達が、そこで知り合い、語り合い、飲めや歌えの宴会で盛り上がっていた、そして秋になり三々五々と地元のある内地へと帰っていったのだが、そんな中の一人が、「今度は内地で会おう」と連絡を取り合い始まったもので、今年で16年目となる。

本州の真ん中、天竜川河口で始まった集いも紆余曲折を経て、10年目の記念すべき集まりは10月の終わりに屈斜路湖で行われたりし、何組かのカップルを排出し、何組かが結婚したりした。


さて、今年は夢っちのキャンプデビューと運動会が重なって、色々と慌ただしい集まりとなった。
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最近は子供達が増えて、なかなか、賑やかな集まりと化している。
小3のKちゃん(夢っちは会えなかったけど)と小2のKちゃんと4才のKちゃんと3人のお姉ちゃんに囲まれ、わんこもちゃめとばにらとくーの3匹が賑やかに走り回り(^^; 大変大変!

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朝起きると、山ン中で、夢っちはキョトンとしています。

2005年10月22日

和琴ミーティング2日目

朝 保育園の運動会を楽しんだ後キャンプ場に戻り 引き続き和琴ミーティングに参加してます。

2005年10月21日

和琴ミーティング開催

桃沢キャンプ場到着 貸し切り状態ですが ディキャンプの予約はハィっているそうです

2005年04月26日

ひとりアウトライダー2

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昨日の続きです(^^;
 「絶景を走る 新版 日本百名道」発売記念で許して(^^;

走り去る姿を撮るのは、カメラのタイマーを使えば後は走り去るだけなので、結構簡単に出来るのではあるが、向こうからやってくる姿をカメラに納めるにはそれなりのワザが必要である(^^;

写真はコーナーを立ち上がってくるアフリカツインであるがコーナーの向こうからではリモコンの電波も届かないし、こちらでシャッターを押してコーナーの向こうでUターンして帰ってくるには時間的な余裕が足りない。

では、どーやって撮影したのでしょうか、実はここキャンプ場の駐車場でロータリーになっているばしょなんです。

木の在る所が丸い植え込みになっていてそこをカメラの有る場所から時計回りに走っているだけなんですが、タイミングはなかなか難しくて1周だと早すぎて、2周するとこの辺で写されます、フラッシュを焚かないといつシャッターが切れたか判らないのは前回と同じです。

昨日の写真もそうですが、カメラがズーム無しのコンパクト機だったので、もう少し自分を大きくとか、その逆が難しいのが「ひとりアウトライダー」の難点ですね。

2005年04月25日

ひとりアウトライダー

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旅に出ていて、自分が走っている姿を撮影したいと思うのは、かなり当然の事だと思うのだが、ひとり旅だと、その欲求をかなえるのはかなり難しい。

出先で知り合ったライダー仲間にシャッターを押して貰うか? いまから紹介する方法かだ。

三脚にカメラを取り付けて、構図を決めてセルフタイマーにする。
ヘルメット、グローブ等をはめてから、シャッターを押し構図の中で移りたいポイントまで数を数えながら走る(^^; この時に、光量的に届かないのは判っていてもフラッシュを焚くといつシャッターが切れたかが、バックミラーで確認できて便利である。

あと、上記の発展系で、リモコン付きのカメラ使うのも手であるが、一眼レフに取り付けるリモコンはかなり高額で、なかなか手が出ない(^^; そこで、コンパクトカメラのリモコン付きで代用するがリモコンの電波?や赤外線の届く距離に限りが有るモノが殆どなので、やはりタイマーと併用で使うのが無難である、この方法はタイマーだけよりも手軽に(走りながらでもシャッターを押せるので)構図の自由度が増す事が出来て便利である。

写真は東北の竜飛崎界隈であるが、車体がもう少しバンクしてると嬉しかった、デジカメならその場で確認できるのだが、当時はまだデジカメが無かったのでしょうがない(^^; オリンパスμで撮影

こんなつたない写真をアップしてしまって、申し訳ないm(__)mペコリ
お目直しに右上のお世話になっている名カメラマン 須藤英一氏の最新作「絶景を走る 新版 日本百名道」をお奨めします。

アウトライダーの巻頭写真で有名な須藤氏が日本中をくまなく周り撮りつづった道・道・道 旅人にはお薦めの一冊です。

2005年04月23日

和琴のおっと って(^^;

10数年来の友人のよんきち氏のブログで友人紹介が始まった。
 その栄誉ある一回目に選ばれてしまったので(^^; トラバを返すのと補足を少々(^^;

1987年、22歳の冬の事である、ひょんな事で会社を退職していた、同じ頃にやはり退職して暇していた中学の同級生が居た、それが柳沢である。

深夜のデニーズでつまらない話をしていた時にどこからか、北海道にバイクで行ってみようと言う話が出てきた、当時自分はVT250Fがあったが、柳沢はRG50Tしか持っていなかった、バイクの入手もしないとならないし、何を用意したら全く判らない状況で、悩んでいたが元の会社のM田先輩が北海道ツーリングをしていたのを思い出し大泉のアパートを訪ねて行った。

M田先輩のアパートの脇にはピカピカのXJ750があり、その隣にボロボロのXL250Sがあったり空冷のDTやら色々と楽しそうなモノがあるアパートだった。
その部屋の中で、先輩がアルバムを見せてくれて、北海道には「ライダーハウス」というバイク乗り向けの安宿があったり、キャンプ場ではキャンパーネームを付けられるとか、ディープな話題を色々教えて貰い、Zigzagというホクレンで給油すると貰えると言う電話帳を借りたりして、帰り際に「あとはバイクだよなぁ」と言った柳沢の言葉を聞き逃さなかったM田先輩は隣の部屋のK田さんのXL250S要らないか?と話がトントン拍子に進んで、北海道はオフ車だよオフ車 オフロードを走れなかったら北海道を半分も満喫できないんだぞ~ となぜか洗脳されてこちらもセローを買う事になってしまうのである。

XLを入手したり、キャンプ用品も買いそろい深夜のデニーズでふとキャンパーネームの話題になった時に「変な名前付けられても嫌だよねぇ」M田先輩は結局最後までキャンパーネームを教えてくれなかった(^^; と言う話になり、最初からこっちで名乗ってしまえば良いじゃないかと(^^; なり名前を探していたら友人の書いた同人誌漫画の中の主人公とその友人がTシャツに「おっと」「どっこい」と言うひらがなで書いたキャラが出てきた(真夏に忘れて一週間入れっぱなしだった電子ジャーの中のごはんと戦う漫画だった)このキャラに大笑いしてしまい、早速インレタでヘルメットの後ろに「おっと」「どっこい」と貼り付けて7月1日に東京を発ったのであった。
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<<宗谷岬>>

最初の幕営地、大沼のマラスキ村で、一緒にその日にテントを張った人はいきなり「夜景」というキャンパーネームを貰っていたが、自分たちはそのまま「おっと」「どっこい」で笑われて掴みはオッケー状態で北海道ツーリングは始まった。
観光バスを追い抜くとヘルメットを見て観光客に笑われた事があったり(^^; 行く先々ですぐに覚えて貰えるので楽だった。

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<<開陽台>>

1987年は北海道ツーリング20日目にトラブルで離道を余儀なくされてしまったのだが和琴に4泊しか出来なかったのが心残りであった。
1988年夏、最初から和琴を目指しての渡道で和琴30連泊し「おっと」に和琴の定冠詞が付く様になるのであった。

2005年04月18日

はじめてぇの カァー

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<<HONDA Z GL HT>>

初めての自分の車は20歳の頃、友人のYから8万円で買ったホンダ Z GL ハードトップ1974年式だ。
この車を知ったのはYが乗っていたのを見たのが初めてで、自分が免許を取った頃にはもう町中にも殆ど走っている姿は見なくなっていた。
 Yは、その当時、この車を乗り続けたかったのだが、250cc市販車での二輪の草レースに入れ込んでいて、トンスポーターとしてスズキのエブリィを購入してしまい、置き場に困ったZが我が家にやって来たのだった。

ホンダZは当時の規格の360ccの軽自動車である、初代のZはN360をベース車両として外観をなんと日産のフェアレディZを真似るという、当時のホンダだから出来たのか? 殆ど掟破りの車であるが、軽自動車の規格に納めるためにフェアレディZを前後に大幅に縮めてまるでチョロQの様な外観である。
ウチに来たZは2代目で、水冷化されたライフをベースとされていて、ドアピラーが無いハードトップとなったモデルである。

エンジンは360cc水冷で36馬力を産み、GLは4速ミッションなのだが、GT用の5速ミッションに換装されていた、ミッションは1速をシンクロしていないと言う今となっては乗りづらい作りだが、さすがはホンダのエンジンで高回転までキレイに吹き上がる、ブレーキには倍力装置が無く踏んだ力がそのままドラムにかかるので低速なら良いが、時速80キロを超えると殆どブレーキが効かない(^^;気がするほどである。

また80キロまでは加速している気がするが、その後はアクセルべた踏みで我慢の時間である、ぬふわキロを超えるとボディーの至る所から音がしだし走行中分解するんじゃないかと心配するなか、メーター読みの最高速度はぬあえキロであった。

一回関越道でダイハツフェローMAXという同世代のライバル車と並走した事があり、向こうはクラス最高の40馬力のエンジンを積んでいた、殆ど同じ速度で走り続ける事が出来た。

この車は、その当時働いていた会社から出向でTDL勤務になり朝5時にTDLに通わなくてはならなくなった時に冬場はずっ~とこの車で通っていた、ビニールレザーのシートは走り出してしばらくしても冷たく硬いままだが、冷房は無いけど暖房があっただけでもありがたかった。

写真は2輪では冬には行けないなぁ、と言う事で中禅寺湖の湖畔である、いろは坂はどーにか雪もなく登り切れたが、その先の金精道路は冬季閉鎖中となっていて、この先に行けなかったのは残念だ、結局いまだに金精道路を走った事が無いのである。
 しかたなく日光の町中で宿を探して一晩をすごしたが、その宿の雰囲気がなんかおかしかった、翌朝宿主が自ら謝りながら話していたが、夕方突然来る客はなにか後ろめたい事をした奴か「自殺者」と間違えたとか(^^;
をいをい って感じである。

真冬の南相木村へキャンプに行ったり、伊豆の川津へ旅行へ行ったり結構楽しんだ初マイカーである。

Zは、ジャンボーグAと言う特撮番組でシリーズ後半に登場する「ジャンボーグ9」のベース車として、ロボットに変形する車として登場している。

2005年03月10日

流氷を待つ日々

20050310-4.jpg <<写真は待ちに待った、流氷が接岸した翌朝、 浜小清水に集まった仲間達のテント自分のテントは赤いダンロップV300>> 流氷が見たい 夏に北海道ツーリングで出会った仲間達が冬にオートバイのタイヤにスパイクピンを打って真冬の北海道ツーリングを楽しみはじめた。 誘われたが、さすがにそこまでのライディング技術に自信が在るわけもなく、ただ雪中キャンプには心惹かれるモノがあり、 スタッドレスタイヤを履いたスズキジムニーで1993年1月29日の釧路行きのフェリーに乗ったのだった。  しかし、 流氷はまだまだ接近してくる様子はなく、紋別流氷館での情報も10~11日とのこと、屈斜路湖や、開陽台など、 あちこちを彷徨いながら野宿の日々であった。 2月11日に浜小清水に移り、沖合はるかの流氷を見ているとあちこちから、 夏の北海道ツーリングで仲良くなった友人達が集まりだし、テント村ができあがる。  この時に出会ったMちゃんが書いていたハガキの送り主と東京に戻ってから、 ここまで深い親友になるとは思ってもいなかったが、それはまたの話で 流氷が接岸したのは13日の午後5:26砂浜に打ち上げられる大きな氷の塊、ぶつかり合う音、 せり上がり倒れる氷塊に寒さも忘れてしばし呆然としていた。 20050310-3.jpg 屈斜路湖は和琴半島温泉そば、零下15度楽しくもあり、厳しくもある。 2月28日に東京に帰り着くまで野宿25泊、車中1泊、船中2泊 最低気温2/9鶴居-20度