2008年04月13日
ホンダの株主になりました(^_^;


察しの通り、スーパーカブ90でした。
3軒隣の家の次男君から格安で譲り受けましたが5200キロしか走ってないし錆もないきれいな車体です。
最強の旅バイク(笑)ですが、旅の予定はいっさいございません(T_T)
どこかで、どうでしょうステッカーを探さないと(^_^;
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2008年04月13日


察しの通り、スーパーカブ90でした。
3軒隣の家の次男君から格安で譲り受けましたが5200キロしか走ってないし錆もないきれいな車体です。
最強の旅バイク(笑)ですが、旅の予定はいっさいございません(T_T)
どこかで、どうでしょうステッカーを探さないと(^_^;
2008年03月21日

いやもう、雑誌は買い続けているけど、乗る暇も無いので(T_T)
気分だけツーリング中です(^^;
キリンも連載の方は一区切りがついたみたいなので、闘争に幕引いて、
来月からの新展開がまぁ楽しみだけどね、どんな感じになるかねぇ
2008年02月22日
外装6段が付いてるんだねぇ

乗ってみたらハンドルのセンターが出てなかったり、シマノのディレィラーも調整が甘くて変速が変(^^;)
組み立てが海外だからかな、調整せねば(^^;)

折りたたむとこんな感じで

専用キャリングケースが付いてました

2008年01月05日

神保町もうろうろ(^^; 半年ぶりに引っ張り出したKSRはキック一発でエンジンがかかって驚かされましたが、嬉しいかぎり
次はいつ乗れるかなぁ(^^;
さて、これから浜松までお迎えドライブです。
2007年06月08日

KSRを足長にしたいと思ったきっかけが、この本の中の

この記事だった。
BAJAカリフォルニアの砂漠を走り続けると言う、殆どが500ccクラスのモトクロッサーやエンデューロマシンが独壇場のパワー重視のコースに80ccのエンジンで望むって言うのが面白いとおもい、この参戦記の前に小さな記事で足長マシンへの改造をしている記事が何度か載った事があった。
倉庫の中の6年分のガルルからこの号を探すのに手間取って諦めていたが
先日、ヤフオクで 「KSRのBAJA参戦記!」のガルルが出品されていて おおっ、て画像から号数を割り出して、倉庫から引っ張り出してきた次第(^_^;
いやぁ、こんな見出しをつけて出品してくれた人に感謝です。
2007年05月18日

久々で、いつ以来か判らないけど、ママがKSRでお出かけしてきました(^^;
運転に問題はなかったようですが、地理にはかなり問題があり(^^;
目的地を曲がり損ねて、そのまま5キロ程進んでから、どーもおかしいとUターンしたそうです(^^;
まぁ、無事に帰ってきたからいいか(^^;
2007年05月12日

今朝の新聞に珍しくオートバイの折り込み広告が入っていた、ホンダ系の都内に10店舗ほどあるお店らしい。
毎年暖かくなる頃に1~2度オートバイのチラシが入る事があるが、今年のはカラーだしスクーターばかりの内容と違い、スポーツモデルの広告で思わず見入ってしまったが、値段が.............
いつのまに、XR250は¥546,000円なんて値段になってしまったの? 250トレールといえば、20マン代は無理としても、セローは33マン位だったし、XLRBAJAは41マン位だったはず、いつの間に50マンの大台に乗ってしまったんだろう、チラシの隣に並んでいる、FTRは378000円 たしか、セル付きが298000円、セル無しが278000円じゃなかっただろうか? って20年間の時の流れがこれだけ物価を押し上げたのね(^^; ここ、10年新車なんて買ってないから全然知らないアイダにこっちが取り残されたみたいですねぇ
たぶん、売れないから値が上がってるっていうのもあるんだろうなぁ
2007年05月04日

<<94年GWの鳥海山>>
古い写真がでてきたので、アップ(^^;
限定解除したてで、知り合いから貰ったCB750FBで鳥海山パールラインを走っていた。
この雪の壁がみたくて、走ってきたけど周りが何も見えないのはちょっと寂しいかも(^^; 見えた方がやっぱりいいね、翌々年の夏に景色の見えるパールラインを走ることができました。
子供が小さいし、要介護の老人が居る我が家としては、GWの遠出は当分お預けだねぇ(^^;
まぁ、ショートスティの施設の倍率の高い予約が通れば、とは考えているけどなかなか難しいしねぇ(^^;
2007年04月16日

正解は、二輪車の月極駐車場(^^;
時間貸しかと思ったら、月極だったので、思わず写真を撮っちゃいましたが、値段は判りません(^^;
需要は多そうだけど、カッターで破けそうなのはどーなんだろう?せめてプレハブみたいにハードな物の方がうれしいんだけどね。
2007年02月13日
一世を風靡したTZRや北海道ツーリングバイクとして売り出された? TDRの墓場を発見(^^;
う~ん、この墓場は、2ストだからじゃないんだろうけどね
絶滅危惧種なので、手厚く保護して欲しいところです。
2007年01月22日

浜松の隣、昔ママが一人で暮らしていたアパートのすぐそばにある車屋さんのショールームにあるモトコンポ達 他にズークやJAZZ、DAXが置いてある。
いいなぁ(^^; 以前見たときよりもプラスチックパーツがヤラレテきてるけど、モトコンポいいなぁ(^^;
モトコンポはホンダがシティの荷台に収まるサイズに制作された50ccのバイクでたたむと小さくなる変わったバイクである。
どこかのホームページでこのモトコンポにDioのエンジンを積んだのを見たときにびっくり(^^; パワー有りすぎてウィリーしっぱなし(^^; まっすぐ走らない(^^; でも面白そう
あぁ、ミニバイクいじりたいって思いがKSRに続いているのかも(^^;
2007年01月14日
KSRヂャンキーズのオフ会でわたさん主催の秩父でホルモンを食べるオフ会がある事を一昨日知った(^^;
ママと娘達が帰省して、ちょっと体が空いたので、前々から行きたかった大名栗林道を走りたかったのだが、秩父のホルモンも魅力的(^^;
しかし、ホルモンしちゃうと帰りが遅くなってしまい、父親の夕食を用意できない(^^;
しかたなく、ホルモンは諦め、KSRのみなさんとは

狩場坂峠でお別れして、一人 大名栗林道を目指す事に
林道なんて、何年ぶりだろう?通勤で荒川の土手を走っていたのも4年以上前だしORPの全国オフで走ったのが6年位前だろうか?
そもそもKSR林道仕様デビューでもあり(^^; 走り心地がどんなものか、この先どんな調整、改造が必要かを見極めなければならない。

大名栗林道はほぼドライな路面で凍結した水たまりが数カ所といった走りやすい林道で、1997年のツーリングマップルには載ってないので、広河原逆川林道までで有馬ダムに降りたけど20キロ弱は走ったのかな? 結構楽しめました。
KSR林道仕様はといえば、ほぼ希望通りのポテンシャルを発揮してくれました。
前後CRM80のホイールにCRM80のフロントサス、10cm延長したリアサスはしなやかに林道をトレースしてくれましたが、47丁のリアスプロケははっきり言ってローギアード過ぎ(^^;
ヤフオクで他になかったから入手したけど、もう少しハイギアード目にしたいところである。
2006年12月21日

最近じゃないんだろうけど、ホントロードバイクはなにがなんだか判らなくなってきました。
後ろから見て、TDMもついに後方排気モトイシートカウル下にマフラー2本だしかぁ と思ったら4気筒のフェザーでした(^^;
カワサキのZも不思議なカウルが付いているし、バイク雑誌もモトモトとOutRiderしか買わなくなってからは、最新のバイクが判らなくなってきました。
ちょっとショック(:_:)
2006年12月07日
モトモト1月号に11月19日のKSRミーティングの事が載りました。

KSRミーティング的には50も80も110も区別はしてないんだけど、雑誌的には4MINIがメインの雑誌なので、「110のオーナー達の大集会」となっている(^^;
4MINIと言うと、やはりオンロード KSRもKAZEでオンロードレースしているせいか、オンロード向けの改造が多い4st110メインのなかで、オフロード仕様は目立ったのだろうか(^^;
大きめの写真で紹介されてしまった。

でも、林道デビューはまだです(^^;
2006年11月20日
KSRミーティング inライコランド東京bay東雲
雨の中、こんなに多くのKSRが集まるとは思わなかった(^^;
オフラインミーティング自体はパソ通時代、から何度も参加してきたが、同一車種だけの集まりは今回が初めての経験で、濃すぎる話題にKSR初心者はついていくのが大変でした(^^;
逆に、みんな同じ悩みや喜びを共有する同士 雨の中、話は尽きなかったが如何せん寒い(^^;
缶コーヒー飲んでは、ライコランドのトイレに..... あぁ、買い物もしちゃいました(^^;
ジャンケン大会で協賛してくれたカワサキ等からのグッズを2点も頂いてしまい、うれしい限りの雨のミーティングでした。

当日の模様はモトモトに載る予定なので、お暇な方は見てください。
5年ぶりに着たレインスーツは防水能力が可能な限り低く(^^; 股間が大変な事になりながら、帰り着きました。
ゆめとあかりをママに押しつけて、久々の独り身を味わった数時間でした
ありがとね>ママ
2006年11月13日

リード100が親友のTの所に貰われていきました。
ココ一年間での走行距離が50キロに満たないのではリードが可哀想で、中学からの親友Tに打診したところ、二つ返事で貰われる事に。
この友人のTが、自分をこの二輪の世界に導びこんだ張本人で、当時はヤマハのキャロットに乗るT、ロードパルのOに、ハミングの自分。
しかし、ハミングは熊の曲芸状態で、すぐにRG50Eに友人達もGN50やCB50JX,マメタンやRX50、RZ50と乗り換えていく高校時代だった。
その後もみな原付から離れず(^^; DT50、MR50となんだかんだ原付を乗り続け大学進学の頃にようやく中型限定免許に移行していった。
GPZ250のベルトドライブを長い事乗っていたTだが、結婚が早かったので仲間内では最初にバイクから遠ざかってしまったが、ホンダのラクーンという(電動アシスト自転車に非ず)原付がMy Favorite BIKEらしく、ラクーンをその後手に入れてからは大事にしているが、さすがに手を入れないと動かないバイクなので(^^; 老後の楽しみにとか言って、Oの家の倉庫に眠っている。
その前に本当の不動車になるぞ>ラクーン
で、久々の動くバイク リードに乗るに当たり、ヘルメットとジャケットを新調してきたが、コーリンはやめた方が(^^;
写真撮ると光のは安全でいいかもしれないが(^^;
これで、中学高校時代の友人が、KSR80 2台にXR100とリードと原付2種に4人揃った。
DT125(空冷)の先輩もいるのでみんなで原付ツーリングに行きたいものである。
2006年09月30日

なんだか、中途半端な悲しい改造です(^^;
モタードにしたいのか、ただ単に町乗り専門なのか? う~ん
2006年09月11日

発売から20年近くは経っているんじゃないだろうか?
テクノとかポップという言葉がはやっていた当時でも目を見張るデザインだったけど、今見ても古ぼけてないのはすごい事かも。
AX-1やヤマハのタウニィのデザインは好きだったなぁ、今でもこんなに綺麗な車体があるなんて欲しくなっちゃうかも(^^;
2006年06月15日

ちなみに、娘はまだ嫁にも行ってません(^^;)
2004年2月22日にあきPくんに貰われていった、アフリカツインがあきPくんから三行半を突きつけられて帰ってきた。
あきPくんはNRTさんやYASSさんの末弟で、このたびプーになり、さすがに維持が出来なくなったそうで(^^;) もらい手を探していたのだがなかなか見つからず、結局ウチに動態保存する事となり、置き場所の都合、CRM250ARを手放す事となったのである(顛末はこちら)。
(現在、再就職いたしました>あきPくん)

帰ってきた、アフリカツイン 写真だとキレイに見えるけど、さすがにボロボロ(^^;) 12年の月日を感じます。
ゴム製部品はひび割れが進み、車検時には要交換だろうなぁ 9月に車検が来るが、乗る予定もないので乗るその日が来るまで車検は見送りです。

代わりにドナドナしていった、CRM250ARと最後のツーショット
2006年06月05日
実は、我が家にはオートバイが4台あったりします。
CRM250AR 1997年製
XLR250BAJA 1993年製
リード100 1998年製
KSR-II 2000年製

上記の上2台は、現在自賠責保険が切れている状態で、乗用車の為に借りている車庫に追い金をして置かせて貰っているので、普段はカバーをかぶったまま日の目を見ていません(^^;)
リードはチョイ乗り、近所の足として活躍 KSRは去年導入した新顔でチョコチョコといじりたい欲求不満が昂じて買ってしまったのだが、そんな我が家に近々もう一台やって来ることになった(^^;)
しかし、置き場所は無い! どれか一台を手放さなければならない。
XLRBAJAは嫁さんのバイクでそれ以外は自分のなので、CRMを手放すからよろしくm(__)m と話を通そうした所、嫁さん曰く
「3年以上不動車で、全く動かないXLRBAJAを手放して、まだまだ動くCRMを残しておいたら?」
まぁ、CRMは新婚旅行ツーリングで今は亡きアフリカツインと一緒に北海道を旅したバイクだし、年式も新しいし、たぶんこれから作られることのない2ストローク車(環境問題がらみで)大事にしたい所であったもんだから、嫁さんの提言に渡りに船とばかり、XLRBAJAを手放す方向へと話は進み。
まだまだ8分山のXLRBAJAのタイヤを2分山のCRMに移植することになった。


と、歩道でおおっぴらに店を開いているのは許して下さいm(__)m
で、無事にタイヤ交換が終わり、不動車のままXLRBAJAを手放すのもなぁ、せめてエンジンがかかればいくらかのお金になるんじゃないか? と色気を出したのが運の尽き?
エンジンがかからない原因はキャブレターが詰まっているからで、3年間で腐ったガソリンがゲル状になlっているんだろうと、キャブレタークリーナーを吹き込んだくらいじゃどうにもならない、しかたなく取り外して中を開けると、見るんじゃなかったって言うような状態で(写真を撮っておけば良かったね)また蓋を閉めてしまいました(^^;)
実は自分も1988年製のXLR250BAJAを乗っていて、夫婦揃って同じバイクのオーナーだったりする(^^;) VT250FEとVT250ZとVTも乗っていたりするのは似たもの夫婦なのか? 類は友になったのか? ノロケじゃないが変な縁である。
で、そのXLRBAJAはエンジンのバルブが壊れて、廃車となった時に色々な部品をばらして取っておいたのである、そんな中にキャブレターもあったりする(^^;)

オーバーホール済みの旧XLRBAJAのキャブレターを取り付けてみたところ、一発でエンジンがかかり、それまで不調だったXLRBAJAは往年の馬力を取り戻し、すごく調子が良くなってしまった。
ちょうど、帰ってきた嫁さんに「乗ってみる?」と聞いたところ「最後だしねぇ」と

試乗して見たところ、その調子の良さにいたく感動してしまい
「なんか、手放すのもったいないねぇ」と言い出されてしまい(^^;)
まぁ、そんな理由で話は最初に戻り、CRMを手放すって事になったんですよ(ToT)
自分の勝手でバイクを増やすんだからねぇ、嫁入り道具?のXLRBAJAを手放すよりはCRMを手放す方がいいかって(^^;)

そんなわけで、タイヤはもうめんどくさいから、ヘッドライト周りやハンドルガードをノーマルに戻したりしてます。
明日にでも近所のバイク屋で査定してもらって、あとバイク王と比較して高い方に引き取って貰おうかな?
ココをごらんの人で欲しい人いますか? まずはコメントで(^^;) 取りに来れる人キボ~ン
2006年05月29日

レトロなスクーター だなぁと思ったらなんか変
そう、カブでおなじみのロータリー変速なんですよ。
なんだろ、ホンダのシャーリーとかのフレームにスクーターの皮を被せたようで、名前はHONDA Gior-Cub というらしい。
思った通りの仕様、フットブレーキじゃないあたりが以前のシリーズと大きく違うけど2stから4stへのスクーター過渡期の産物として売れなかったけどがんばってたのね。
2006年04月06日

ノブが来ました。
YASSさん(あにき)の弟で、またの名をNRTさんと呼ばれていた成田在住の古い友人である。
彼の弟があきPこのブログによくでてくる変な改造をしたホンダXR100に乗っている奴だ。
ちなみに、ウチが乗っていたアフリカツインを無償であげたのだが、これを手放したがっているらしい、12年落ち、果たしてもらい手はいるのだろうか?
んで、ノブだが、なぜはるばる成田から出て来たかというと......

これが、納車されたその足でやってきたのであった!
おおっKSR-IIじゃないですかぁ~
黒/赤で、走行距離は900キロ台、ウチのが800キロ台だったから、案外買っても乗られていないバイクってあちこちにあるんですねぇ、自分なんか新車買ったら1000キロまでの初期慣らし運転を回転をあげられないまま悶々と運転し続けて、オイル交換したり1000キロ点検が終わった時点から徐々にアクセルを開けてようやくそのバイクの本領を発揮させられるってもんでしょうが、その前に(まぁ慣らし運転しているかが疑問ですが)手放しちゃうってのもねぇ(^^;)
なんでも行きつけのバイク屋で3年間売れずに置いてあったとか値段も当初の半額でと言うことで買ってしまったらしい(^^;)
ノブもカワサキのZR-7と言う750ccにも乗っているのだが、さすがに大きく重いらしく小回りのきく下駄代わりのバイクを探していたという。
実は、あきP 当初はKSR-II を購入しようと色々と画策していたそうなのだが、出物に巡り会えず泣く泣くカッコからXR100を新車購入という暴挙にでてしまったのだった、しかしXR100は4ストロークエンジン、80ccと排気量は小さくともKSRは2ストーローク爆発回数は2倍、パワーの違いは圧倒的である。
ウチのが納車された時に乗り比べてみてかなりのショックを受けていたのだが今度は同居の実の兄がKSRを購入してしまうのだから、心中を察するに余りある。
しかも、ノーマルではなくて、XR100はセンターだしのチタンマフラーや足回りにかなりのお金をかけているのだが、ノーマルのKSRに太刀打ちできないと言うのだから、かわいそうな話である。
ノブのKSRには社外品のダウンマフラーが付いていてかなり音がうるさいのだが、セッティングが出てないらしく下はスカスカで、乗りづらいらしい。
住宅街でもあるし、ノーマルのマフラーに換えて乗ろうと考えているらしい、この辺もあきPを逆撫でもんである(^^;)

ウチのと2台並べてみました。
ノブ、二人であきPをKSRに引き込もうね(^^;)
2006年02月13日

往年の名車 ヤマハのXS650 一時欲しい時期があったなぁ バーチカルツイン(^^;)
ゴーグルとかを読んでいた時期だな、オフ車ともう一台オンロードと考えていた時期だったけれど、教習所にも通わずに試験場で一発受け続けて、玉砕したっけ(^^;)
こんなピカピカのXSがまだ走ってるのに驚きましたが、なんか最近 族車のリメイクを大昔に卒業した方々が乗ってるとか(^^;) ソーユー人たちのGS400やXJ400、CB400、GT380、KH400とかがピカピカなのはどこかでパーツ作ってるんだろうか?
迷惑かけずに走ってくれる事を祈ってます。
2006年02月04日

う~ん、ステッカーチューニングっていうのか、チェックのビニールテープを貼っただけのは初めて見た(^^;)
遠目にみると、英国風? でいいんだけど近づくとかなり悲しいなぁ(^^;)
2005年12月22日

18日のブログのXRモタード乗りのあきPがまたアフリカツインに乗ってやって来たので、ZZR見なかった?と聞いてみたところ
ORPのステッカーを貼ったZZR1100と遭遇したと(^^; R357から三つ目通り蔵前橋を経由してうちにきたらしいので、その辺のどこかで並んだそうである。
当人もORPのステッカーを見て、おっとさんの知り合いかなぁ? と思ったそうで世の中狭いもデス。
2005年12月18日

以前から、ここにアップされている、アキPちゃんのXR100モタードがストライカーのセンターだしマフラーを装備したと自慢しに千葉の奥地からやって来た。
フルチタンだそうで、無職のくせにぃぃぃ 悔しいぃぃ(T_T) うちのKSRは時代遅れとなり、市販のチャンバーは数える程に減り、地道にヤフオクチューンするしかないのだが、あちらはバリバリの現行車(^^;
いいのぉ、しかし千葉に引っ越したのに文京区ナンバーはいかんぞぉ~
2005年11月30日

この、植木や盆栽の奥にカバーが掛かっている一台のオートバイがある。
もはや、化石と化してしまっているが(^^;
一世を風靡した、ホンダの初代NSR250だ。
カタログでは45馬力となっていたが、それ以上出ていたんではないだろうか? ピーキーな2st特有の乗りづらいバイクだった。
既に、置物となって5年以上経つが、復活は難しいだろうなぁ、毎朝オバサンが植木に水をやりがてら、NSRにも水をあげてるし(^^;
2stが排ガス規制で絶滅に等しい昨今、2st好きなバイク乗りとしては残念でならない。
数年後に乗った、スズキのHBγの方が更にピーキーだった(^^;
2005年10月04日

新井素子の小説じゃないですが(^^; このホンダGL1800を見た時には驚きました。
既に数回見かけてますが、やはり絶句してしまいます(^^;
2005年08月25日

一般道に戻ってきました、秦野のR246に出てもまだ午前中でした(^^; ここからラフ&ロードへ向かいます。

綱島街道添いにもこんなサンシャイン60みたいなビルが建っているし、ホントに浦島状態
そーいえば、川崎のラフ&ロードって角のビルになってから来たの初めてだし(以前の平屋しか知らない)ダメダァ

神保町のとんかつ「いもや」へ、なんか安心(^^; ついでに「さかいや」のモンベルルームへギアカタログの写真を須藤英一カメラマンが撮っておりそのモデルに親友のよんきち氏がなっているカタログをようやくゲットできた(^^;

家に到着、1146キロ 走行距離235キロ 給油2回で燃費がそれぞれ、23.15Km/Lと23.81Km/L
腕にはくっきりグローブ焼けの跡が付いて、帰ってきました。
久々の小排気量ツーリングは結構楽しかったよ。
2005年08月24日
津久井湖を後にして、道志道を行くと、風がどんどん涼しくなっていくのがわかる、やはりこれはバイクでないと判らない感覚だなぁ
走っていて、止まると、それまで当たっていた風がぴたりと止み、腕の産毛がざわざわと元の位置に戻ろうと総毛立つ様な感覚にさらされるのも久しぶりだ。
宮ヶ瀬ダムが出来てからここを通るのは初めてだ、以前通った時は本体工事が完了したばかりで、水を張る一月くらい前で底まで見下ろせた、記憶がある。
しかし、今 宮ヶ瀬ダムの周りの道路はブラックマークだらけである、4輪が夜な夜な派手に走り回っているのだろう、見ていて嫌になる程黒い道と化している。

ダムの途中からヤビツ峠へ向かう道にはいると趣は一気に変化する。
さすがに全舗装されてから相当の時が経つが、渓流沿いを走る林道は気持ちが良い

渓流沿いで朝ごはん、まだ9時38分だったりする(^^;
自然の中で食べるのはなんでもうまいね

ようやく1000キロ 慣らし終了? でも出発前にミッションオイルを交換しているので、あまり気にせず回わす事にする(^^;
前のオーナーはどんな乗り方をしていたんだろうかねぇ

目的地のヤビツ峠に到着!しかし何もないところなのでさっさと移動(^^;

下界を見下ろす、秦野市街が見えるが、降りると暑そう(^^; しばらく涼むとしよう。
今日はここまでぇ~
2005年08月23日

野猿街道を抜けて、鑓水から橋本へ、なんだか巨大なマンションが三本も建っていて、隔世の感が(^^;
前回来たのは何年前なんだろう、しばらく来ないとホント日本って変わっていきますねぇ、北海道も知らない間にあちこちに風力発電の大きな風車が林立してるし、思い出の風景は思い出の中にしか残らないのかも(T^T)

<<津久井湖の名手橋>>
津久井湖に始めてきたのは中学2年、同級生3人と初めての遠出はブラックバス釣りだった。
子供だけで手こぎボードを借りての釣りは初体験でワクワクドキドキしたものだが、ブラックバスは釣れなかった(^^; が、楽しい思い出となっている。

<<右奥の白い水面がエアレーション>>
神奈川県民の水瓶として使われている津久井湖も結構汚れている様子である、水質浄化の為に湖底に空気を導入して、エアレーションというプランクトンを活性化させる水質浄化を行っている模様である、エアレーションのすぐ側に釣り人が居る事を考えると、浄化もさることながら、魚の活性もあがっているのだろう。
2005年08月22日

頭の中で、「カントリーロード」が流れてきて、それがいつしか「コンクリートロード」に変わってしまった(^^;
しかたないので、例のつづら折れを目指す事にする、最近会ってない友が住んでいた分倍河原を過ぎ、聖蹟桜ヶ丘へ

スタジオジブリ作品で若くして亡くなってしまった近藤監督の初監督作品ってこれしかないんだけど「耳をすませば」の舞台となった聖蹟桜ヶ丘のいろは坂、5年ぶりかな? ここは変わらないね(^^;
このあと、道に迷い丘から降りたら野猿街道だった(^^;

まだ、時間は早いんだけど、どんどん気温が上がってくる(ToT)
温泉の看板を見ると誘惑に負けそうになるのだが、頑張って先を目指そう!
って、今日はここまで~